1 :名無しさん@おーぷん
5分前に親父から宣告受けた…
2 :名無しさん@おーぷん
なんで?体悪いの?
3 :名無しさん@おーぷん
>>1
あくまで目安だしね
6 :名無しさん@おーぷん
>>2
ステージ4
腎臓癌→胃、肺、骨に転移

>>3
せやな。けどQOLの段階やで
8 :名無しさん@おーぷん
>>6
放射線はもしくホスピスに入れるの
12 :名無しさん@おーぷん
>>8
もう手遅れ。放射線やら抗がん剤やっても副作用で苦しむだけらしい。
明日、一時退院して自宅療養に入る。
親父の意向で出来るだけ在宅で看護したいらしい。
13 :名無しさん@おーぷん
>>12
そうかけど以外とその方が良いよ
4 :名無しさん@おーぷん
J( 'ー`)し「たかし、あと半年頑張るんだよ」
7 :名無しさん@おーぷん
宣告物って医者の裁量で正直わからん
9 :名無しさん@おーぷん
>>7
過去の患者からの統計的なもんちゃうかな?
11 :名無しさん@おーぷん
>>9
統計かけど転移ものでも
悲観にならん方がいいぞ
15 :名無しさん@おーぷん
>>11
悲観的になったらあかんのはわかってるんだけど、入院前にひどい腰痛?かと思って(かーちゃん的に)整体連れてったんやけど、道中のちょっとした車の揺れで激痛が走ってたみたいなんよな。
腎臓がもうね、かなり、やられとったらしい
17 :名無しさん@おーぷん
>>15
腎臓か
19 :名無しさん@おーぷん
>>17
腎臓は癌に限らずやられると最初は腰痛と勘違いする人多いみたいね。
背中に痛みがくるから。
20 :名無しさん@おーぷん
>>19
ガンは正直他の痛みと被るみたいね
23 :名無しさん@おーぷん
>>20
みたいやね。
ここにくるまでにかなり痛みがあったはずなんだけど我慢強かったんかな?
25 :名無しさん@おーぷん
>>23
それかいつもの痛みと勘違いしたか
10 :ポンコツ針金おかわりだ◆PONPONqAns
>>1

.       ∧__∧
      ( ´・ω・)∧∧
       /⌒ ,つ⌒ヽ)  
       (___  (  __)  
"''"" "'゙''` '゙ ゙゚' ''' '' ''' ゚` ゙ ゚ ゙''`"''"" "'゙''` '゙ ゙゚' ''' '
14 :名無しさん@おーぷん
励ましになってないよな
16 :名無しさん@おーぷん
>>14
いや、何か地元の医院→総合病院紹介→即日入院の段階で何か察してた部分はあった。>>15の状態やったから。
18 :名無しさん@おーぷん
>>16
そうかい
気晴らしにでも語りな
21 :名無しさん@おーぷん
>>18
すまんな。

かーちゃんは三人兄妹の末っ子。
箱入りで大切に育てられたらしい。
結婚当初は「消防の方から来ました」で消火器買っちゃうレベルのちょっとアレだった女らしい。

そんな、かーちゃんは料理か下手だった。
不味くは無いがなにかひと味足りない感じ。
対して親父は元コック。
そんな親父が休日に料理してる姿を見て俺も料理人を志した
26 :名無しさん@おーぷん
続けさせてもらう。

中学に入る頃には夕飯の支度を自分から手伝うほどに料理にのめり込んでいた。
かーちゃんも「私が作るよりも○○が作った方が美味しいからねぇ」なんて冗談混じりで言ってくれてその時には完全に俺の将来が定まった様に思う。
28 :名無しさん@おーぷん
中学二年の時には進路がはっきり決まった。
高校に行くのは時間の無駄。「すぐに料理の道に進みたい」
反対したのは以外にもかーちゃんだった。

かーちゃんも職人系の人なんだが、自分はそれで後悔したと。「せめて高校くらいは出ておきなさい」と。

話し合いの結果、俺は調理師の専門学校へ進むことに。
29 :名無しさん@おーぷん
高卒認定は取れない2年制の学校だったが、かーちゃんは妥協してくれた。

ただし俺に条件を出した。
「学費の半分は自分で出しなさい」
調理師の専門学校ってかなり、金かかるのよね。
当時で月10万くらい。

俺は必タヒで勉強とバイトをこなし、月8万ほどの稼ぎのうち5万ほどをかーちゃんに渡していた。
当時、親父が自営業で成功していて家計的には何の問題も無く俺の学費全部を出しても家計には問題無い状態だった。
31 :名無しさん@おーぷん
まぁ、自分のことは自分でやりなさいって方針だったから何の疑問も持たなかったんだけど。

そして学校を卒業。
就職。
昼間は料理屋で働き夜はキャバクラやバーでバイトしながら貯金していった。
独り暮らしながらも年80〜100ほどの貯蓄は出来ていた。
なぜここまで必タヒに働いたかというと、親父が独立開業したのが31歳の時。
何としても俺はそれに勝ちたかった。
親父を越えたかった。
飲食店で独立するために必要な開業資金700万を貯めるためタヒぬ気で働いて技術を磨き金を貯めていった。
33 :名無しさん@おーぷん
そして10年ほど経った頃、目標額の700万に到達した。
そこで即独立…とはいかず。
10年も同じ店に居ればそれなりの地位にもなったし、俺が抜ければ店にとって大きな穴があく。
常連さんからの信頼もあった。
要するに後継者を育てるのを忘れていたのよね。

副業をすることに理解をしてくれたオーナーや先輩、後輩を裏切る事は出来なかった。
34 :名無しさん@おーぷん
何料理だい?
35 :名無しさん@おーぷん
苦労してんだな
37 :名無しさん@おーぷん
>>34
和食とだけ。

>>35
夢にむかって猪突猛進だったから苦労とも思わなかったかも。
36 :名無しさん@おーぷん
そこから二年ほどかけて後輩を育てつつ独立の為の店舗探し、余裕をもって開店出来るように銀行から300万ほどの融資を受けるための根回しをしていった。

そして独立開業の本格的な準備に入るために退職、最終的な打合せをしてる最中にかーちゃんから連絡があった。
「たまには実家帰ってきてゆっくり休みなさいよ」と。
38 :名無しさん@おーぷん
3日ほど何もすることが無かった日が出来たから、実家に帰って美味くはないけど落ち着く、ほっとするかーちゃんの飯を食いつつ昔話をしてたらかーちゃんが一冊の通帳を持ってきた。
名義は俺の名前だったけど見覚えも無いし作った記憶も無い通帳だった。

そこには専門学校に通ってたときに渡したはずの学費、就職してから渡していた少ないながらも家業を継がない罪悪感から渡していた仕送りが全部記帳されていた。
39 :名無しさん@おーぷん
「あんたが結婚でもする時に渡そうと思ってたんだけど、結婚しそうもないし…今かなって思った。自由に使いなさい」
と。
40 :名無しさん@おーぷん
当時はそこまで感じなかったけど、今となっては俺の将来を信じてくれていたかーちゃんに本当に頭が上がらない。

そしてその二ヶ月後に無事開店。
それから三年後の今、嫁と娘二人の家庭を持ち順風満帆…
とはいかなかった。

客も引いた午後11時過ぎ、親父が店を訪ねてきた。
そして告知を受けた。
41 :名無しさん@おーぷん
そう遠くない将来、かーちゃんはロクに飯も食えなくなるだろう。

今までも、誰かのため、来てくれるお客さんのためにと思って料理を作ってきた。

けどそれは対価があってこそのことだった。

今度の休みには対価を求めない、ただ一人のためだけに料理を作ろうと思う。

こんな思いは最初で最後にしたい。
30 :名無しさん@おーぷん
人間はいつかは必ずタヒぬからな。それが少し早かったんだ。それが解っただけでも親孝行できるじゃん。精一杯して喜ばせてやってくれ。
俺の両親は交通事故で逝っちまったから、親孝行できる時間なかったからさ
32 :名無しさん@おーぷん
>>30
それは辛かったな。
俺にはまだ時間が残されているだけマシなのかもな。
42 :名無しさん@おーぷん
自分の店持って孫まで見せられたらもう親孝行すんでるなぁ
45 :名無しさん@おーぷん
>>1
アロエジュースは試したか?
ステマと思われても構わないから、とりあえずググって見ろ。

メーカーは問わない。
46 :名無しさん@おーぷん
>>43
ヒーリングなぁ。

>>44
書き込み内容から大体で察してくれ。

>>45
アロエは昔から体にいい言われてるもんな。
せやけど、火傷とかとちゃうねんて。
47 :名無しさん@おーぷん
家族会義の結果、明日の日曜にかーちゃんにも告知することが決まった。
正直、まともに喋ることが出来るかさえ不安
48 :名無しさん@おーぷん
今もずっと痛みがあるのかな?
気を落とさないようにね
49 :名無しさん@おーぷん
>>48
今も痛みはある。強い人だから看護師さんにしか痛いとは言わないけど。
今はモルヒネの一歩手前でなんとか。
医師からはモルヒネも処方出来ますと言われてます。
53 :名無しさん@おーぷん
朝から重い
55 :名無しさん@おーぷん
経過報告
心嚢に水が溜まり、心タンポナーデの危険があるため水を抜く手術のために再入院。
おかん、がんばれ
24 :名無しさん@おーぷん
親孝行は生きてるうちにしとけよ
27 :名無しさん@おーぷん
>>24
せやな。
後悔先に立たず。
親孝行したいと思ったときに親はいないってのはホントだと思う。
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1476383718